星新一(作家、1926~1997)がある年に友人たちに送った年賀状にはこう書かれていたそうです。
ことしもまたごいっしょに九億四千万キロメートルの宇宙旅行をいたしましょう。これは地球が太陽のまわりを一周する距離です。速度は秒速二十九・七キロメートル。マッハ九十三。安全です。他の乗客たちがごたごたをおこさないよう祈りましょう。
(『きまぐれ博物誌』角川文庫所収のコラム「思考の麻痺」より)
年賀状がまるでショート・ショート(超短編の小説)ですね。
この「名言」の年賀状が書かれたのは、1960年代の終わり。引用元のコラムに“先日、三億円を巧妙に奪取した事件があり”とあるので、昭和の有名な犯罪「三億円事件」があった1968年頃のようです。
昨年(2022年)の後半に、地球の人口は80憶をこえました。星のこの年賀状が書かれた時代――1970年の世界人口は37億人でしたから、50年余りで2.2倍に増えたわけです。
宇宙旅行をともにする80億人の乗客の誰かが「ごたごたをおこさない」ことを祈るばかりです。
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しかし、昨年(2022年)は、ヨーロッパの東の「乗客」が隣国を大規模に侵略するという「ごたごた」の極致といえることが起こってしまいました。
この侵略戦争が起きたとき、私たちはおおいに衝撃を受けました。
でも、この戦争についての報道が続くうちに感覚が麻痺してきて、いろんなことにあまり驚かなくなってきている気もします。「ミサイル攻撃で市民○人死亡」みたいな報道に、以前ほどは驚かなくなっているのです。
ほかにも、感覚が麻痺してきたことはあります。
たとえば、政治家の非常識や不誠実の数々、天文学的な財政赤字、長年の経済の停滞、ネットやその他メディアでのウソや誹謗中傷、温暖化などの気候変動、今日の感染者数が○千人、○万人……
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星新一は、この年賀状について述べたコラムのなかで「思考の麻痺」ということを述べています(コラムのタイトルが「思考の麻痺」)。
マッハ九十三で宇宙を航行する乗り物としての“地球の安全性は無限大である”が、“しかし一方、社会の変化ともなると、必ずしも安全は保障できない”。
そして、社会の変化のなかでいろんな危険や問題に対する「麻痺」が起こっていると。
星は「“保険で補償されればいい”という発想からか交通事故による死者の増大に対し人びとが鈍感になっている」「公害による健康被害ついてもいずれそうなる」という主旨のことを述べています。
そして最後にコラムをこう結びます。
“やがて、戦争保険とかができ、損害をつぐなえる体制がととのえば……。”
こうならないために、何が大事か。コラムの途中で星が述べている私たちへの呼びかけはこうです。
“時の流れに身をまかせきっていると、その感覚が麻痺する。たまには岸にあがり、流れをみつめるべきだろう。”
私も「たまには岸にあがり、流れをみつめる」ことを心がけていきたいし、それをほかの人が行うのに少しでも役に立つ文章を、このブログなどで今年も書いていきたいと思います。
今年もごいっしょの宇宙旅行、よろしくお願いします。
我が家にあるうさぎたち